昭和46年01月25日 朝の御理解



 御理解 第18節
 「此方のことを、神、神と言うが、此方ばかりではない。ここに参っておる人々がみな、神の氏子じゃ。生神とは、ここに神が生れるということで、此方がおかげの受けはじめである。みんなもそのとおりにおかげが受けられるぞ。」

 お道の信心の教えの中で、一番素晴らしい。どれもこれも素晴らしいですけれど。取り分けまあ他に類がないという教えの一つだと思いますね。此の方の事を、皆、神、神と言うが此の方ばかりではない、ここに参っている人々皆が神の氏子じゃ。生神とはここに神が生まれると言う事である。この当たりの説明ですね、表現なんかも素晴らしい。生神とは、自分の心の中に神が生まれると。
 神が生まれると書いて生神と、しかも私共ここへ参っていると言う、人間氏子とまあ天地の親神様からご覧になれば、全てが神の氏子とこう言う。けどもここでははっきり、ここに参っていると言うておられますね。と言う事は、金光様のご信心を頂いておるということなんです。ですから是はもう世界中の人間と言う意味ではないと思うんですね。そこん所を教祖様は信者氏子と言う風に表現されておられますね。
 お道の信心させて頂くものを、ただ氏子と仰らず信者氏子と。所謂ここに参っておる者とこう仰る。ですから皆さんの一人一人がね、今神の氏子じゃという自覚。そして私でも生神になれれるんだという希望と言うかね、願いと言うかそれぞれに向かってお互いが信心を進めて行こうと言う訳なんです。私共の心の中にもまぁ時折りはね、本当に有難いものが感じられる。有難い時にはどういう事が有難いかと言うとね、暑いとか寒いとかを感じぬほどしのもの。
 辛い苦しいを感じない程しのもの。有難いでないのはそんなもんです。例えば今が苦労の真ん中かなと思われるような、中にあってもです、その苦労を苦労と感じないと言う心。言うなら暑さ寒さも感じぬ程しの心。ただ普通で有難いね、有難いですねとこう言っておる。だからそれもそうなんだけれども、その有難いと言うのがね、暑さ寒さを感じるならば、私は、それは本当なものじゃないと思う。真に有難いと言う時にはね、ただ有難いだけなのである、
 そう言う心がね私共の心の上にも、まあ時々でもあるけれども頂ける事がある。そういう心をね信心とは育てて行くと言う事なんです。そういう心を育てて行こうと言うのがお道の信心なんである。思うただけでもしかし有難いですね。それで矢張り勿論そういう時には我情も感じませんし我欲もありません。そういう心の状態それを生神と言うのである。だからそれが育てばだから生神としての徳を受ける事が出来るという事。
 そんならその答えと言うのは、どう言う事になるか、言わば裏付けともなる物。ただ自分だけがその悦に入っておると言うだけではいけんからね。そういう私は心の状態にならせて貰い、そう言う心の状態が育って参ります時にです、天地が自由になると言う程しの私はおかげ頂かれると思う。いかに生神様だと自称した所でその生神様が、例えば不自由してござったり、難儀をしてござったりならそらもう値打ちはないです。
 私は、今朝、控えに出て参りましてから、三十分間、ずっと、子供と二人ここ応接台に向かって、黙って、四時の時間を待つ訳ですけども。あそこへ控えさせて頂いておって、お湿りの音を聞かせて頂きながら、ずっとその思うですね。ご神徳とは素晴らしいなぁとこう思うんです。なるほど、神徳はあの世にも持って行け、この世にも残しておけると仰るが、なる程、この世にも、残しておけるんだなと言う事を、しみじみ感じさせて頂いた。と言うのは
 昨日は、久留米教会の報徳祭でございました。それから若先生がおかげ頂きました。前日までは、前々日でしたか、お湿りでしたね。昨日はあのような、それこそ小春日のような良いお天気でした。もう今朝、またお湿りがあっておる。成る程、久留米の初代石橋松次郎と言う先生は、なる程、ご神徳家でおありになったなと、いわゆる、私も、ご神徳家と言う、それが私は、神だと思う。久留米の初代は、先生の事を大先生大先生と、こう申し上げました。いわゆる大先生なんですね。
 大先生、福岡の三代の、お徳を受けられた、やっぱ先生でしたね、吉木辰二郎という先生が居られましたが、まあ若い時に石橋先生の元へ行かれてから、石橋先生、ちょっと晩年には、中風のような状態で、体が多少不自由じゃった時代がおありになった。先生は、こう長椅子に掛けて、もういつも目をつぶって、何かこう神様と、いつもお話し合いをしておられると言ったような状態であったですね。その当たりにね、お徳の薫りと言うか、それこそ、漂うておった。まあ事実そんな先生でしたね。
 私の青年時代に、毎日、久留米教会にお参りしましたが、そりゃもう本当お徳を受けたと言うお方の姿って、こんなもんだろうとまあ当時思うておりました。その先生に向かって、もう若手壮年の教師としてはもう、隆々たるご比礼とお徳を持っておられる吉木先生が、実を言うたら、吉木先生の方が親教会ですからね。けれども、もう徳の前には、やはりひれ伏しておられたんですね。
 親先生、もうあなたが、このように体も悪くなられて、外へ歩かれる事も出けません。それでその代わりに、一つ私がね、親先生の代わりに、お手代わりをさせて頂いて、ひとつあっちこっちお話しでもして廻りたいと思いますと。先生のね、そのご神徳を、私に譲って下さいと言われたち、熱心ですよね。やはりそのくらいの願いを持たなきゃいけません。そしたら、その例の調子で、しばらくお返事をなさらなかった。あの辺が中々素晴らしいですね。
 若い先生が親先生に向かって、先生あなたのお徳を分けて下さいと。そして私の為ではない、多くの人が助かる事の為に、私はその先生のお徳を頂いて、まああちらこちらにお話に廻りますからと言うて、そしたら目をつぶられたまま一言もご返事がなかったが、ややしばらくしてですね、「ご神徳はな、神様のご信用じゃから」と仰った。もう本当にそれを頂いた時にです、本当にそれどこじゃあるまいなと思うたと、吉木先生がお話になっておられました。
 分けられるものなら誰にでも分けてやりたい。いや願いに出て来るのだから本当に尚更やりたい。けれども是ばっかりは、やろうとしてやれるものではない。是は天地の親神様がその氏子に対するご信用だからと仰った。素晴らしい事だと思いますね。言うならばその神様のご信用を受けるという事がです。私は神になる事だと思うですね。ご神徳を内容として生きていける人の姿を、私は皆神神と言うのだとこう思います。
 此方の事を皆神、神と言うがと、皆もその様なおかげが受けられると教祖様は仰っておられる。そこでどういう事になるのかと言うと、所謂まず天地の心を知らなければならんと言うことになる。先日から末永さんが、ここに出て参りましてね。もうここで修行させて頂いて四年間になります。ついては今年は、愈々ここから学院に参ります訳でございますけども、それこそ私もご神徳が頂きたいとこういうのである。
 人の取次ぎ助ける事の、いうならば尊い御用をさせて頂くのにとても力なしに、ご神徳なしには人は助かりません。どうかそのご神徳が頂きたい。そりゃ、あんたの願いであると同時に、私の願いでもある。と言うてお話いたしました。いうなら私の場合はご神徳とまでは、ご神徳と言う事でもございませんでしょうけれども。これからね、私が何ヶ月間、学院に入学するまでに、いわゆる私が心得ておる事、私が体験して来た事その事を時々一つ、一つ一つ教えるから、その事を実行しなさいと。
 言う様なご神徳を、秘伝公開と言う事にもなるでしょうかね。石橋先生が仰っておられたそうですね。又の石橋先生のお言葉の中に「ご神徳はな別学問じゃから」と仰った。ただ教祖の御教えを頂いて触れて行く事じゃなくて、もうこれは別学問、だからこれはね、私はご神徳と言うのでなくて、御霊徳のことを仰っておられたと思うんですね。大体あっちは中々のご神徳家だと言うのをですね、霊徳家の事を所謂霊能者の事を神徳家という風に言うておる人が、今まで皆なそう言うて来たんですよ。
 けども私はそこんところを、はっきり霊徳と神徳を別々にしてます。霊徳霊能者なんて言う者はそりゃ神徳家じゃなか、まあ世にも不可思議な事が分ると言った様な事が分りますよね。又は千里眼的な人がありますよね。けどもご神徳と言うのはそんなもんじゃない。けれどもね、そのご神徳を受けて行く為の一つの過程ではあると言う事なんです。だから私が言うのは。
 私が秘伝公開はしようとまあ言わば是は、四年も一生懸命ここで、修行させて頂いた末永さんに対して、もうこりゃあんただけしか教えられんとよと言わんばかりにして、まあ教えておる事なのですから。大体ま簡単な事で、秘伝公開は出来んのだけど、今日は特別ですね、皆さんにお話ししました。私はこう申しました。それは特別一つずつ、この頃教えると言うか、こりゃ私の体験ですから。
 御神前でね御祈念をさせて頂く時に、居眠りが出る様な事では、お徳は受けられません。だから例えばなる程もう一日中の御用をさせて頂いておると、眠気が来る。だからまぁ昼寝をしてもよいけん、一つご神前で御祈念をさせて頂く時だけは、眠らんようにせよと申しました。以来私の四時からの御祈念は、今廊下の方でひやっとある所で御祈念をしております。ここは暖かいから自然に眠けが来ると言う。
 不思議にですね、この眠り癖がつきますと、昨日はどげん眠ったちゃ眠むるです。もう親先生の御理解が始まると、あら子守唄ごたる風に聞こえるごたる風じゃん。もう先生の御理解が始まるとですね、もうウトウトとしたり、御理解がすんだらピシャッと目が覚めます。はぁ不思議なこっちゃある。だからそう言う事ではお徳は受けられません。眠かっても御理解が始まったら、ピシャッと目が覚める位になからにゃいかん。
 ご神前に出たら、私は申しました、ちょうど汽車のレールの中で御祈念をしとる積りで御祈念をせよと。いつ汽車がゴーッと来るか分らんぞ。いうなら命がけなんだ。ここで眠ったらそれこそいつレールを枕に汽車ごと寝らねばならんか分らん。その位な気持ちがなからなければ、神様との交流は難しい。と言うてお話を致しました。次にはね始末倹約をしなければいけません。
 あなた達の生き方を見ておるとね、こりゃまあ修行生の方達をみておるとね、もう今日も私こう出掛けに、えらいあの炬燵の間が明るくしとりますから、炬燵間でこんな夕べまあ話し疲れたのか、そのまま寝て方々へ電気つけたまま。昨日も私共励殿にここを下がってから行きましたら、おおきな電気が二つ共煌々と点いたまま。まあ本当に平気な事だなぁと思うですね始末倹約と。
 私は先日日田の麻生さんですね。富の寿でお届けに毎朝お参りになります。先日昼お参りになられた時に、あちらの先代のお話しを聞きました。そりゃもう矢張りお爺さんの跡を受けられて二代を受けられて、あれだけの財産を築かれたと言う事だそうですから。もうそりゃ大変な始末倹約をなさった方です。今福岡に住んでおられるそうですがね、時々帰って来られると、まず庭にある下駄を全部拾うて廻って、あの緒が切れとるとは、縫うてから立てなさる。
 掃き溜めの中からもう竹なんかを、全部拾いあげて子供の所へ向かわれる。だからそれを分らん人はまあどうした、けちん坊やろかとこう言うけれどもと、言う話しを聞かせて頂いた。ほんに素晴らしいと。もう金の徳に恵まれる人は、絶対ここん所を忘れませんね。矢張りお徳の中にも色々在ります。金の徳に恵まれる。甘木の初代なんかがそうでしょう。下駄でも必ず半日なら半日履かれたらこう履き替えられたと言う。
 タオルなんか決して硬く硬くは絞らっしゃれない、タオルが弱かち。木の葉一枚枯れ枝一本でも、お粗末にしてはならない。ただその麻生さんのお父さんという方は、ご信心がないからただ違う所は、ほんなら甘木の初代は、天地の親神様の御物としての、頂き方をなさっておられるから、是はお粗末御無礼になっては相済まんと言う事。その所が違うだけ。だからここの所のね、例えば考え方が変わられたら、大したお徳を受けられる方だろうと私は思うて聞いた。ですからねそれが欲しいとか惜しいじゃない。
 甘木の初代のお言葉の中にもありますように、自分で自分の物を買う時にはね、一円の金を使うでも、百円使わせて頂いたごたる気持ちになれと仰った。ことずれ、神様の場合の百円の御供えでもさせて、御用に使わせて貰う時には、一円の金を使うとる様な気持ちでおかげを頂けと仰った。もう恐らくねここんところはこりゃ表現であって、百円の金を一円、いや一円とも思えなかっただろうと思いますね、甘木あたりは。もう全然空しゅうなさっておられる。
 そういう時そこが違うて来るんです。普通で言うそのだからケチン坊と、始末倹約をすると言う事だけがですね、するとあれはケチン坊だと人は申します。けれども甘木の初代の事はケチン坊とは言わんでしょうが。そこが違うだから私はその事をね、それこそこういう反故紙一枚でもと言う、ほんならこんな物、買う方が安かと言った様な場合もありますよね。その所を私は最近は贅沢はすれど、非道はしないと言った様な事を。
 だからその贅沢をすると言う事はもうそのまま非道なんですよ。自分のね非情の贅沢を。いや贅沢と言う事じゃなくて、お粗末にすると言う事なんですと言う事は。まぁ私今日、そのご神徳を受けて行く事の為にね、ご神前に向こうた姿勢、又は始末倹約をせよと時間がありませんから、今日は二つだけ私がずうっとこの頃、箇条書きにして残しておけと言う程しに、この頃この人に教えよります。
 その事の中にです始末倹約の出来ない人は絶対お徳は受けられません。物の有難さと言う事を分らない人は。同時に神様に向かうその姿勢と言うもの。皆さん皆んなが言わば生神になれれる所の内容を持っている。そのおかげを頂かせて頂く為に、先ず天地の心を知らなければならない。天地の心を知ったら今日只今申しますように、その天地の心を知ったら神様へ向かう時に、居眠りどんが出るような事じゃ天地の心は分らん。
 理屈の上では分かる。天は限りなく与えるもの地は黙って受け抜いて受け抜くもの、すぐ分かる成程そうだなと。けどもその心がこれに通うてくる程しのおかげを頂く事の為には、神様へ向かわせて頂く姿勢を、疎かな姿勢を取る様な事では、おかげは受けられない。同時に始末倹約の心のない人。それも今申します様にね。神様の御物としての頂き方が出来て来る時に、それがお役に立っておる事の為ならば、それは例えば電気の事申しましても、千燭光が万燭光使おうが全然問題じゃない。
 いやそれはむしろ有難い事。けれどもね、迂闊にして、これくらいの事、よかよかと言ったような気持ちでです。例えば五燭光の電気を使うと言った様な事があるとするならば、それは御無礼だと言う頂き方なんです。我が心が神に向かうのが信心と言うのじゃと仰る、我が心が神に向こうて進んで行く。例えばそういう生き方、氏子が神様の前に座った時にです、只今申しますような姿勢で、神前にぬかずかせて貰う。
 その心を分からせて頂いて、神様の御物のすべてを大事に大切にする。そこからあの氏子は中々変わった氏子だなと、言うならば神様が目をつけなさるには違いはない。それから勿論、それだけの事ではない。様々な言わば教祖が教えて下さる、いや教祖が教えて下さってない、言うなら石橋先生が仰る、ご神徳は別学問じゃと仰るようなです、そう言う別学問をお互いが、習得させて頂いて、我が心の中に生神を感じさせて頂けれるおかげを受けなければなりませんが。
 神様の先ずご信用を受ける為に、どの様な心の状態にならせて頂いたら、神様のご信用が受けられるだろうかと。先ずそこん所を研究しなければいけません。それには矢張り神様の心、天地の心を知らなければなりません。そして知ってそれに答える生き方と言うものがなされなければなりません。金光様のご信心の、私はまあ独壇場とでも言う程しの所の御教えの一つであります。
 皆なが、生神になれれる道なのだ、又皆なが生神を目指さなければならないのだ。金光様のご信心する者は。そして只今申します、久留米の石橋先生のご神徳を、まぁ少し聞いて頂きましたがそれこそ、天地が自由になる程しのおかげを頂かれなければならない。もう亡くなられて何十年、けれども久留米の教会のご大祭の時にです、雨が降った事がないと言う程しに言われるという事は、なる程ご神徳と言うものが残されたものだと言うことを分からせて頂かなければならん。
 ご神徳とは、天地がいつも、その方の為に味方しておられると言うか、もう自由になって下さると言うような、働きをするものだと。それが神に向かって行く、まあ場合にはね、それがだから、本当にご神徳を受けて行く為には、人間心を使うちゃならない。もうそれこそ人からは笑われても、神様から笑われてはならぬ、と言う精神が必要です。私共でも、随分今でも同じでしょうけれど、笑うたり悪く言うた人が、あるかも知れませんけれども、神様から悪う言われちゃならん。
 神様からは笑われちゃならん。これが私の信条です。私もどうでも矢張り天地が自由になる程しの、ご神徳を受けたいと願う。それこそ是は一生かかっても出来ませんでしょうけれども、やはり生神様を目指す。生神とはほんなら普通で言う、白髪の老人のようなものをこう感じますね神様に。そんな方のように思うですが、決してそうじゃない。それこそ和賀心に、生神とはここに神が生まれると言う事であると。
 私共の心の中から、日々生神を生みなして行く働きと言うものをです、目指させて貰う。しかもその生神、それを私は、暑さ寒さも感じん程しの心、有難い心だとこう言う風に申しましたが、そういう心を愈々育てさせて頂くと言う姿勢になる事だと。同時に神徳と霊徳と言う事を混同せずに、まずご神徳を受ける為には、何と言うても矢張り霊徳を受けなければならない。
 霊徳を受けて行く事の為には、こう言う修行もある、こういう信心もあると言ったような事を、これは私を見て行って下されば段々わかる。又私もそれはお話しもいつもしておる事でございますからね。そう言う所に、皆さんそれぞれにヒント頂いて、皆さんなりの生神をね、心の中に誕生して行く事を願いとする信心、そう言うおかげを頂いて頂きたいと思います。生神とはここに神が生まれると言う事なのです
 。しかもその生神の働きと言うのは、天地が自由になると言う程しの事ですから、人間幸せに必要なもの。まず金の徳、健康の徳、物の徳、人の徳、様々に徳があります。仏教では、十徳と言う様な事を申しますが、私は五徳と言うておる。五つの徳を受ける。それには何と言うてもね、辛抱の出来ない人はお徳は受けられません。火鉢の中に使いますのは、あれは五徳です。
 それこそもう焼ける様な思いをする時でも、あそこにこう差し込まれてもうじっと辛抱しとるでしょう。その辛抱がもう出けん辛抱が出けんと言う、その先が本当の辛抱なんだから。その辛抱がまず出来なければ、矢張り五徳を受けて行くと言った様なおかげになりません。そのひっくるめて生神と言う事になります。だから生神の徳の中には、総ての人間が、本当に幸福になる事の為の条件と言うものを総て供えております。
 だからあちらご神徳家と言うておって、そのご神徳家が貧乏しとったりしておるなら、こりゃほんなもんじゃないと言う事がわかりますよね。霊能者の中にそれがありますね。だから、当人さんなんて言うのは、もう一生まあ不幸せで終わる。だからあれはご神徳じゃない、特別な霊能を発揮する事が出来るという人は、世の中に沢山ありますけども、神徳家と言うのは少ない。
 と言うのは只今、私がまあ一部ですけど、お話しさせて頂きました、我が心が神に向こうて進んで行きよる。私の事をある病院の先生が当時は椛目でした。こんな先生がと言うてね、医薬器具を売って歩く人でしただからね、お話さっしゃった。それで奥さんが熱心にお話しを聞きなさる。どうでんこうでん、私を一遍連れて参ってくれんのち言いなさる。そこへ丁度あの先生が入ってきなさった。
 ちょいと気違いどんが、どげな話しでもするち言うてあった。その椛目の先生はちった気違いばいち、それでわざとその腹けえちからですね、どこが気違いですかちわざわざ言うたち。そるばってん説明の使用がなかった。だからそのまま来てお届けしますから、そうたい私は気違いだと。成る程気違いに違いはないけどね、ただ、ささおかだけの気違いとは違う。それこそ自分の気が。
 一歩一歩神様の方へ向こうて行くように違って行ってるんだと。と言うたらはぁそげな説明のしようがありましたねち言うてから、もうわざわざ今度また、久留米に行ってから、先生にそげん言うたと。ああた、この頃、椛目の先生気違いち言うたが、先生言うたら、先生は、こげん言いよんしゃったですよち言うた。したらち言わっしゃったばっかりじゃった。(爆笑)と言うようにですね。
 私共の心がいわゆる違うて行く。それを下の方へ違うて行くのが、もう是は非人間と言うてもよいのです。言うなら非人と言うてもいいです。上の方へ違うて行くのもやはり非人です。もう人にはあらずです。けれども違いようが違うでしょう。神へ向かってもう姿形は人間でも、その内容は生神の働きを現す事が出来ると言うのです。その非人をお互い目指すんですよ信心とはね。
   どうぞ。